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いじめ問題について考える

みなさん。こんにちは。

 


今回は最近話題になっている“いじめ”について私が考えていることを書いていきます。


いじめが原因で命を絶ってしまった子どものニュースを見るたびに心が痛くなりますが、ほとんどの関係のない人は三日も経てば忘れてしまうでしょう。(普通そうです)


よくニュースでは、いじめについての詳しい概要が取り上げられません。なぜでしょうか。それはいじめの詳しい実態が明らかになることがほぼないからです。学校は認知していなかったという回答が非常に多いですよね。個人的にですが、これがおかしいなと思います。


いじめの現場は学校である場合がほとんどですが、担任の先生やその他の先生が気づいていないケースが多いようです。気づいたとしても、あまり大事にしたくないのか、見て見ぬふりをしている先生もいるらしいです。


先生の仕事は授業を教えるだけなのでしょうか。それでは塾の講師と同じですよね。まず子どもを一番近くで見ている担任の先生がいじめに気づかなくてはならないと思います。何気ない子どもたちの会話や表情、反応などから少しでも異変を感じることはできます。例えば、教師が褒めた時に周りが嘲り笑ったり、しらけたりする、座席の机がほかの子よりも離されている、忘れ物が多い、一人で掃除などをしていることが多い、などがあります。そしていじめかどうか確信などなくても、ほかの先生に相談したり、それと悟られないようにその子と話をしてみることが大切なのではないでしょうか。


もはや「いじめはだめです」という教師の文言は子どもにはなんの意味もないです。教師の、気の緩みや、楽をしようとする態度がもしかしたら子どもの命を失うことにつながるのかもしれません。もちろん悪いのは絶対的にいじめている側ですが、それに気づかないのも教師としては最低だなと思います。

いじめはなくすには時間もかかるし手間もかかります。でもそれから逃げていたら何も解決しませんよね。世間の目は、いじめっ子ばかりに注ぎがちですが、教師にもその責任があると私は思います。なんてえらそうな事を言っておきながら、私はまだ教師の卵です。未熟です。でもだからこそ、真剣に考えていかねばならないテーマなのかなと思います。


いま教育現場に求められているのは、いじめに気づける教師です。決してパフォーマンスのような授業をし、人気があることだけがいい先生ではないのです。


まだまだ考えることはありますが、今回はこのあたりで。

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